太極拳 五年ぶりに行きはじめました

今朝の飛鳥山 Tai Chi のあと
即興の刀tou
これは、太極拳ではないと思う。
太極拳を参考にした、太極拳の刀Touを使った、自分の即興だと思う。

https://youtu.be/J0hiBfZurIc

草がうまくアラ隠ししてくれた
見返してみたら蟻さんがコラボ
wwwwwww

追記

考えてみたら、太極拳で即興で動いてみたのは初めてのことだ。五年前はどんなに頑張っても出来なかった。この五年間に、何が起こったのか考えている……

この五年間にやって来た踊りの訓練も、関係あるのかもしれないけど………もっと関係あると思えることが、実はある。

太極拳に行かなくなってからサブがやって来た。そしてサブが死んでからまた再び太極拳に行った。

サブと過ごしながら、サブが昔、前世のひとつでは馬で、わたしはサブの背に乗せてもらっていた、一緒に戦場を駆け回った、戦友だったと感じることが何回もあった。

この刀touは、実はほとんど馬上の動きなのだ。馬に乗っていることを想定した、抽象化してデフォルメした足の動きが多い。

サブと五年間過ごしたことが、一緒に生きたことが関係あるのかもしれないとか………まぁ
妄想全開ですけどね、確かめようもないしwwwwwww

でも、五年前に行かなくなってしまった理由のひとつに、決められた動きを覚えて正確にやるだけだと、結局、なんかツマラナイというか、ツマラナクはない、それはそれで無限の奥行きがあるものなのだけど、それだと自分のモチベーションはイマイチ、持続が出来ない、ということがあった。

さりとて、即興で動こうとしても、決まった教えて貰った動きから一歩も出ることが出来なかったのだ。

でも今日は、

さあ、敵がいる、お前が持っている武器はそれだけだ、殺らなければ殺られる、どう動く?下手とか上手いとか、どう動けばいいかわからないとか言ってる場合じゃない。さあ、持てる武器と運動能力で、動いてみろ!

という聲が聞こえ、氣づいたら動いていた。サブの聲だったのだろうかwwwwwww

これなら、踊りの振り付けと即興の関係と同じ豊かな循環が生まれるかもしれない。即興をやりながら、振り付けが参考になり、振り付けをやりながら、即興が参考になる。

サブからのプレゼント、というより、サブは、一緒にやっているのかもしれない。そして、躰の使い方は、生き方に影響する。どう闘っていくのか、人生と、自分自身と。ヴィーガン、アート、生活、すべて。

太極拳の面白さは、闘うのに闘わないところにあると思う。真っ向から相対しながら、力をふわりと逃がす。逃げるのではなく、力をふわりと逃がす。エネルギーを別の波動に変換する技術なのかもしれない。そして舞のようでもある。闘いを闘いでなくする為の闘いのような果てしなく不思議な武術。

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