存在する全てを評価する

私たちはほんの一部しか生まれてきてない。

スピ系の本とか好きじゃないからあんまり読まないけど、この考え方だけは氣にいってる。もちろん確かめられない事だけどね。

こうして生きてるけど、自分の本体は「向こう」にもある。別にこっちにあるのがにせ物って訳じゃなくて、本体から出っぱってる一部分というわけ。

先に死んでしまった愛するものが、すぐそばに居るように感じることが、よくある。あれは向こう側で、本体どうしすぐそばにいるからそう感じるのであって、文字通りすぐそばに居るんだと思うわけ。

びょーーんと伸びた部分が出張中というか、地球という舞台に出演中なだけなのよ。つまり。肉体なんか衣装みたいなもんで、毎回着替えるわけね。だから毎回違う躰で生まれてくるという。

でね、面白いのは、本体と、出っぱってる部分の波動が違うという点ね。違う環境にいるから波動が同じになりにくいわけなのよね。で、波動が違うことを不快に感じる。だから同じになろうとするわけなのね。

同じになろうったってね、物質世界でないとこで肉体も持たない自分と、この物質世界で肉体をもって四苦八苦生きてる自分が同じ波動になろうなんて、どえらい大変なことよ。でもそれにチャレンジする果敢な連中なわけよ、私たちって。

そんなに捨てたもんでもないんだよね。褒めてあげようよ。すごいこと、どえらいハードなことやってんのよ。こうね、戦場に一部が送り出されてるようなもんよ。文字通り最先端ね。平和の中に居てもね、肉体を持って物質世界で生き抜くなんてね、ハードなサバイバル以外のなにもんでもないと思うのよ。

だからね、これ以上ハードにすることもないっていうこともまた、言いたいわけなのよ。出張中なのは、人間に限らない、動物も、植物も、もしかしたら鉱物だってね、みんなそうなんだからさ。こう、もうちょっと自分をちゃんと評価すればね、自分以外の同じことやってるもんも、評価できると思うわけ。

私たちってねえ、すごいんだからね

ひどい世の中、確かにそうだけどね、ものすごく過酷な事に挑戦しているから、なかなかうまくいってないだけでね、それでもあきらめてないじゃん?ある意味、頑張ってない存在なんかないでしょう?最低の最悪に見えるものだって、必ず何かには一所懸命でしょう?

そういう意味では、私は存在する全てを評価する自分も含めて。

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